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(イメージ)改正出入国管理法をめぐる制度の変遷
「入管法」と「申請取次」という静かな革命
――書類の向こうに、人の人生があった
日本の入管行政は、
戦後の混乱期から現在に至るまで、
社会の変化に応じて、その姿を変えてきました。
テキストに並ぶ年号の中で、
赤ペンで印を付けた
「1989年」と
「2004年」。
そこには、日本が外国人とどう向き合ってきたのか、
その転換点が示されています。
1951年 管理を前提とした制度の出発点
1951年。
戦後間もないこの年に制定されたのが、
「出入国管理令」、いわゆるポツダム政令です。
この時代、外国人は
「受け入れる存在」ではなく、管理の対象とされていました。
在留資格は別表によって分類され、番号で整理されていました。
「短期滞在」という言葉にも、現在のような柔らかさはありません。
制度の中心にあったのは、個人ではなく、国家の管理でした。
1980年代 人の移動が制度を先行する時代へ
1982年。
法律名は
「出入国管理及び難民認定法」へと改められます。
条文には、「難民」という言葉が、
初めて明確に位置づけられました。
1987年には、申請取次制度が導入されます。
ただし、この時点で取次が認められていたのは、
受入機関の職員や旅行業者など、
ごく限られた立場の者に限られていました。
本人に代わって書類を提出するという仕組みは、
まだ例外的なものでした。
1989年 行政書士が制度に加わる
1989年(平成元年)。この年、申請取次者に
「行政書士」が追加されます。
承認制での導入でした。
これは、単なる資格の追加ではありません。
申請書類を専門的に読み取り、
申請人の背景や事情を文章として整理し、
国に説明する役割が、
制度の中で正式に位置づけられたことを意味します。
人の事情を、公的な言葉に置き換える役割が、
ここで明確になりました。
1990年代 「滞在」から「生活」へ
1990年。
在留資格
「定住者」が新設されます。
日系人の来日が本格化し、
外国人は一時的な労働力ではなく、
日本で生活する存在として捉えられるようになります。
1994年には、
在留資格認定証明書の取次も可能となりました。
海外にいる段階から、
日本での生活設計が始まる時代です。
入管行政の視点は、
「働く外国人」から
「暮らす外国人」へと移っていきました。
2004年 制度の信頼性が示された年
2004年(平成16年)。
弁護士が申請取次者に加えられ、
行政書士は、
承認制から届出制へと移行します。
これは、
行政書士に対する制度的な信頼が、
一定の水準に達したことを示しています。
管理の対象から、制度を支える担い手へ。
立場は、静かに変わりました。
2009年以降 共存を前提とする制度へ
2009年。
外国人登録制度が廃止され、
在留カード制度が導入されます。
番号による一括管理から、
一人ひとりの在留状況を把握する仕組みへ。
2019年には、
在留資格
「特定技能」が新設されました。
人手不足という現実に、
国が正面から対応した年でもあります。
オンライン申請も始まりました。
手続きは効率化されましたが、
審査の重みは変わっていません。
申請取次制度が残されている理由
制度の根底には、
今も変わらない原則があります。
申請人本人出頭の原則。
同一性と意思確認のためです。
それでも、申請取次制度は維持されています。
申請人が仕事や生活に専念できるように。
入管行政の事務を円滑に進めるために。
そして何より、
申請内容を正確に説明できる存在が
必要とされているからです。
書類の向こうにあるもの
入管法の歴史は、
単なる管理制度の変遷ではありません。
言葉の違い。
制度の違い。
人生の選択。
それらを、
一枚の申請書にまとめ上げてきた歴史です。
申請書の向こう側には、
常に一人ひとりの人生があります。
年号に刻まれた制度改正の先に、
人の営みがあることを、
制度は、静かに語り続けています。