第7回転籍制度の要件と選ばれる職場づくり

「辞めさせない」抑圧から、公的要領に準拠した「定着戦略」へ

従来の技能実習制度における最大の転換点であり、新制度の核心とも言えるのが「一定の要件下における本人意向の転籍(転職)」の容認です。受入企業は「途中で辞められない固定労働力」という前提を完全に捨て、人材から選ばれ続けるための職場環境づくりへシフトせねばなりません。

本記事では、出入国在留管理庁・厚生労働省が編纂する「育成就労制度運用要領」の内容を精密に反映。ホームページ上で一般公開され、万人(受入企業・外国人材・金融機関・支援機関等)が閲覧することを想定し、客観的事実に基づいた法的ルールから、流出を防ぐ具体的な実務アプローチ、転籍発生時のリスク管理までを徹底解説します。


今回解説する内容
STEP1 転籍制度の基本構造と「民間職業紹介事業者の関与禁止」

育成就労制度における転籍は、外国人材の基本的な人権を守り、不当な労働環境に縛り付けられることを防ぐ目的で法制化されました。しかし、都市部への極端な人材集中や、悪質な引き抜きによる労働市場の混乱を防ぐため、運用要領において極めて厳格な「ルート制限」が設けられています。

最大の実務上のポイントは、民間職業紹介事業者(一般的な人材紹介会社)や特定の求職情報提供サイトを関与させてはならない(関与禁止の要件)という点です。育成就労外国人の雇用契約締結にあたっては、以下の公的・許可機関のみが仲介・紹介業務を行うことができます。これ以外の民間ルートでのマッチングによる転籍は計画の認定が下りません。

転籍手続きを仲介・紹介できる正当な機関
  • ハローワーク(公共職業安定所)
  • 外国人育成就労機構(機構)
  • 許可を受けた「監理支援機関」
STEP2 本人意向転籍が認められる「3大要件」と「割合制限」

外国人材が「自分の意志」で別の企業へ転籍する場合、運用要領に定められた以下の3つの客観的基準(在籍期間・能力・割合)をすべてクリアし、転籍先での新たな育成就労計画の認定を受ける必要があります。

要件分類
運用要領に基づく具体的な基準・数値
実務上の性質
要件分類: ①分野別在籍期間
(制限期間)
具体的な基準: 転籍前の同一企業において、産業分野ごとに定められた1年以上2年以下の範囲内の期間、継続して就労していること。
※1年超の制限を課す分野では、企業による「外国人の待遇向上措置(昇給等)」が義務付けられます。ただし企業の判断で制限期間を1年に短縮することも可能です。
実務上の性質: 原則として、転籍前後の業務は「同一の業務区分」に限られます。
要件分類: ②技能・日本語
の能力要件
具体的な基準: 技能検定試験 基礎級等の合格(一定水準の技能習得)
日本語能力試験(JLPT N5以上)またはJFT-Basic(A1水準以上)等の合格(一定水準の日本語能力)。
実務上の性質: 育成就労期間が3年を超えて延長されている者は対象外です。
要件分類: ③転籍先における
転籍者の割合制限
具体的な基準: 転籍先企業における育成就労外国人の総数(転籍後)のうち、本人意向による転籍者の占める割合が「3分の1以内」であること。
【重要】過疎地域等から都市部(指定区域外)への転籍の場合は、さらに厳しく「6分の1以内」に制限されます。
実務上の性質: 転籍を受け入れる側の企業に課される総量規制(受入枠)です。
STEP3 「やむを得ない事情」による転籍の定義と企業の支援義務

前述の「制限期間(1〜2年)」や「能力要件」を一切問わず、就労開始直後であっても即座に認められるのが「やむを得ない事情による転籍(非自発的離職等)」です。

運用要領では、主に受入企業側の都合による「倒産」「破産」「営業停止」「経営悪化に伴う人員整理」のほか、「賃金の未払い・不当引き下げ」「深刻なハラスメントや人権侵害」「事前の雇用条件との重大な不一致」など、外国人材側に非がないケースが厳格に定義されています。

この事情が発生した場合、受入企業および監理支援機関は、外国人育成就労機構に「育成就労実施困難時届出書」を速やかに提出するとともに、その外国人材が円滑に次の企業へ転籍できるよう、次の受入先の手配や生活維持のための移行支援を行う法的な義務を負います。

STEP4 不当な引留め・転籍妨害行為における重大な違法リスク

実務上、企業側が感情的な反発から最も陥りやすいトラブルが、転籍を希望する外国人材に対する「不当な引留め」や「転籍妨害行為」です。これらは外国人材の保護規定を破る重大なコンプライアンス違反(法令違反)となります。

「途中で辞めるなら入国時の渡航費用や紹介手数料を全額賠償しろ」と迫る違約金の請求、退職を申し出たことを理由とする一方的な解雇、不当な給与控除、正当な理由なく「離職票」や「退職証明書」の発行を引き延ばす行為はすべて厳禁です。また、パスポートや在留カードを会社が管理・保管し、本人の自由な所持を妨げる行為は人権侵害として処罰の対象となります。

行政指導・ペナルティのリスク

転籍手続きを意図的に妨害したり、不当な引留めを行った実態が機構の監査で発覚した場合、受入企業は「育成就労計画の認定取消し処分」を受けます。これは、現在受け入れているすべての外国人材の在留資格を失わせるだけでなく、今後数年間にわたり外国人材の新規受け入れが全面的に不可能になることを意味し、企業の死活問題へと発展します。

STEP5 人材離職を未然に防ぐ「4つの不満」の早期把握と改善

転籍制度への実務対応の本質は、転籍の手続きを力ずくで遮断することではなく、制限期間を過ぎても外国人材が「この会社で働き続けたい」と自発的に定着を希望する環境を整えることです。そのためには、日常に潜む「4つの不満要素」を早期にスクリーニングし、職場改善に投資する必要があります。

  • 1. 処遇(報酬面)の不満:日本人と同等以上の基本給設計(賃金構造基本統計の参照)が徹底されているか。他社競合の求人条件と比較して、手当や昇給ステップが著しく劣っていないか。
  • 2. 現場の人間関係・孤立の不満:現場の日本人指導員や同僚から、ハラスメント(暴言・無視等)を受けていないか。言葉や文化の壁を理由に職場内で孤立していないか。
  • 3. 生活環境・費用の不満:提供された寮や社宅が過度に手狭で、プライバシーが損なわれていないか。実費を上回る高額な寮費や水道光熱費を給与から不当に天引きしていないか(賃金控除協定の未締結など)。
  • 4. キャリア(成長機会)の不満:単純作業の反復のみを割り当てていないか。第4回・第5回で解説した日本語学習の環境提供や、技能検定へのOJT教育が行われず、「このままでは特定技能へステップアップできない」と焦りを与えていないか。
STEP6 定期面談の仕組み化と「相談記録」による証拠管理(エビデンス)

定着率を高めるために不可欠な実務が、形骸化させない「定期面談」の実施です。3年後の特定技能1号への移行ロードマップや昇格・昇給の判定基準をあらかじめ本人の母国語等で可視化して提示しておくことで、ブローカー等による「都市部の高給求人」への不当な誘引を予防できます。

また、面談時における外国人材からの要望、生活や業務上の相談内容、それに対して会社側が講じた具体的な改善措置は、すべて日付入りで「相談記録」として書面に残す必要があります。

この相談記録は、外国人材の離職リスクを早期に摘み取る労務管理ツールとなるだけでなく、万が一、悪質な引き抜きや一方的な失踪・転籍をめぐるトラブルが発生した際に、受入企業が「受入計画および要領に則り、適切な相談支援義務を過失なく履行していたこと」を、外国人育成就労機構や出入国在留管理局に対して客観的に証明する**「自己防衛の強力なエビデンス(証拠)」**となります。

STEP7 転籍発生を前提とした業務継続計画(BCP)と補充採用計画

どれほど優れた職場環境や定着支援を施していても、本人の家庭の事情や急なキャリア方針の変更などにより、一定の確率で転籍(流出)は発生します。新制度の実務においては、「離職をゼロにすることは不可能」という前提に立ち、経営の安定を守る防衛策を敷くことが求められます。

特定の外国人材が突然転籍したことによって工場のラインや建設現場が完全にストップし、納期遅延や売上減少といった致命的な打撃を被らないよう、日頃から業務プロセスの標準化やマニュアルの整備を推進し、職務の属人化を排除する「業務継続計画(BCP)」を策定します。

同時に、許可を受けた信頼できる監理支援機関や公的マッチングインフラと平時から強固なネットワークを結び、欠員発生時に速やかに次期育成人材を確保できる「補充採用計画」のルートを常時稼働させておくことが、中長期的な人員計画を維持する鍵となります。

STEP8 外部の伴走3機関(金融機関・行政書士・監理支援機関)が確認すべき視点

新制度下における転籍管理は、受入企業単独の閉じた労務手続きではなく、外部の専門的な伴走機関がそれぞれの専門領域から多角的に目利き・サポートをすることで、初めて健全な運用が可能となります。

金融機関が確認すべきこと(事業性評価・融資審査の視点)
  • 採用に伴う多額の初期投資(手数料・渡航費等)に対し、制限期間直後に転籍された場合を想定した「投資未回収の財務耐性」が事業計画上で試算されているか。
  • 万が一の人材流出が、直近の製造稼働率、売上、納期、そしてキャッシュフロー(資金繰り)に与える影響の許容度を把握しているか。
  • 「離職・再採用に伴う高額な損失コスト」と「定着を企図した前向きな職場環境改善投資」の費用対効果を比較させ、持続的な企業成長に向けた改善融資の提案(資金伴走)を行えているか。
行政書士・監理支援機関が確認すべきこと(法務コンプライアンス・実務支援の視点)
  • 外国人材からの苦情相談のヒアリングにあたり、企業側への過度な阿り(おもねり)を排除して高い「中立性」を維持し、本人の正当な権利保護と真意の確認を行っているか。
  • 転籍が決定した際、不法就労や労働の空白期間の発生を防ぐため、転籍元・転籍先双方の「計画変更認定」の手続きや入管提出書類の整備を、遅滞なく迅速に支援できるか。
  • 受入企業の経営者に対し、不当な引留め行為(離職書類の不発行等)が受入計画の取消処分を招く致命的な違法リスクであることを、行政要領に基づいて明確に指導できているか。
STEP9 実務担当者チェックリスト
受入企業の確認事項
  • 本人意向転籍の厳格な成立要件(分野別制限期間、技能検定基礎級合格、日本語A1・N5水準、転籍先での受入割合制限)を正確に理解しているか
  • 処遇、人間関係、住居環境、教育機会における「4つの主要な不満」を点検し、定着のための職場改善を推進しているか
  • 面談時の相談内容や会社側が講じた措置を、防衛のエビデンス(証拠)となる「相談記録」として書面で適正に保管しているか
  • 万が一の転籍(流出)発生に備え、業務の属人化を排除するマニュアル化(BCP)および補充採用計画を平時から準備しているか
  • 計画取消処分となる違法な引留め行為(パスポートの預かり、違約金・賠償金の請求、離職証明の不発行等)を完全に排除しているか
金融機関の確認事項
  • 取引先企業における外国人受入れに伴う初期コストが、制限期間後の流出により未回収となる財務リスクを事業性評価に組み込んでいるか
  • 転籍発生による一時的な人員不足が、顧客企業の生産稼働率、売上、納期、キャッシュフローに与える打撃を検証しているか
  • 場当たり的なコスト削減ではなく、中長期の人材定着を企図した前向きな「職場環境・処遇改善投資」への資金伴走を行っているか
行政書士・監理支援機関の確認事項
  • 相談対応窓口としての「中立性」を厳格に保持し、外国人材の権利の保護と客観的な真意の確認を行っているか
  • 転籍に伴う育成就労計画の変更届出や入管書類の整備を迅速に行い、労働の空白期間や不法就労化を防ぐ実務フローがあるか
  • 受入企業が感情から違法な引留め(書類不発行等)に走らないよう、法務コンプライアンスの観点から行政要領に則り事前指導しているか

次回は、第8回「人数枠・優良実施者制度」です。

育成就労制度では、受入人数は無制限ではなく、産業分野ごとの受入見込数や企業ごとの人数枠によって管理されます。また、優良実施者として認定されることで、受入れや制度運用においてさまざまなメリットが期待されます。 次回は、人数枠の考え方、優良実施者の認定要件、企業が今から準備すべきポイントを実務の視点から整理します。

育成就労制度・転籍(定着)対策に関するご相談

最新の運用要領に完全準拠した人事労務設計、選ばれる職場づくり、金融機関の事業性評価への対応など、実務手続きを専門家が強力にサポートいたします。

お問い合わせはこちら

▲ ページ上部へ戻る