従来の技能実習制度における最大の転換点であり、新制度の核心とも言えるのが「一定の要件下における本人意向の転籍(転職)」の容認です。受入企業は「途中で辞められない固定労働力」という前提を完全に捨て、人材から選ばれ続けるための職場環境づくりへシフトせねばなりません。
本記事では、出入国在留管理庁・厚生労働省が編纂する「育成就労制度運用要領」の内容を精密に反映。ホームページ上で一般公開され、万人(受入企業・外国人材・金融機関・支援機関等)が閲覧することを想定し、客観的事実に基づいた法的ルールから、流出を防ぐ具体的な実務アプローチ、転籍発生時のリスク管理までを徹底解説します。
育成就労制度における転籍は、外国人材の基本的な人権を守り、不当な労働環境に縛り付けられることを防ぐ目的で法制化されました。しかし、都市部への極端な人材集中や、悪質な引き抜きによる労働市場の混乱を防ぐため、運用要領において極めて厳格な「ルート制限」が設けられています。
最大の実務上のポイントは、民間職業紹介事業者(一般的な人材紹介会社)や特定の求職情報提供サイトを関与させてはならない(関与禁止の要件)という点です。育成就労外国人の雇用契約締結にあたっては、以下の公的・許可機関のみが仲介・紹介業務を行うことができます。これ以外の民間ルートでのマッチングによる転籍は計画の認定が下りません。
外国人材が「自分の意志」で別の企業へ転籍する場合、運用要領に定められた以下の3つの客観的基準(在籍期間・能力・割合)をすべてクリアし、転籍先での新たな育成就労計画の認定を受ける必要があります。
前述の「制限期間(1〜2年)」や「能力要件」を一切問わず、就労開始直後であっても即座に認められるのが「やむを得ない事情による転籍(非自発的離職等)」です。
運用要領では、主に受入企業側の都合による「倒産」「破産」「営業停止」「経営悪化に伴う人員整理」のほか、「賃金の未払い・不当引き下げ」「深刻なハラスメントや人権侵害」「事前の雇用条件との重大な不一致」など、外国人材側に非がないケースが厳格に定義されています。
この事情が発生した場合、受入企業および監理支援機関は、外国人育成就労機構に「育成就労実施困難時届出書」を速やかに提出するとともに、その外国人材が円滑に次の企業へ転籍できるよう、次の受入先の手配や生活維持のための移行支援を行う法的な義務を負います。
実務上、企業側が感情的な反発から最も陥りやすいトラブルが、転籍を希望する外国人材に対する「不当な引留め」や「転籍妨害行為」です。これらは外国人材の保護規定を破る重大なコンプライアンス違反(法令違反)となります。
「途中で辞めるなら入国時の渡航費用や紹介手数料を全額賠償しろ」と迫る違約金の請求、退職を申し出たことを理由とする一方的な解雇、不当な給与控除、正当な理由なく「離職票」や「退職証明書」の発行を引き延ばす行為はすべて厳禁です。また、パスポートや在留カードを会社が管理・保管し、本人の自由な所持を妨げる行為は人権侵害として処罰の対象となります。
転籍手続きを意図的に妨害したり、不当な引留めを行った実態が機構の監査で発覚した場合、受入企業は「育成就労計画の認定取消し処分」を受けます。これは、現在受け入れているすべての外国人材の在留資格を失わせるだけでなく、今後数年間にわたり外国人材の新規受け入れが全面的に不可能になることを意味し、企業の死活問題へと発展します。
転籍制度への実務対応の本質は、転籍の手続きを力ずくで遮断することではなく、制限期間を過ぎても外国人材が「この会社で働き続けたい」と自発的に定着を希望する環境を整えることです。そのためには、日常に潜む「4つの不満要素」を早期にスクリーニングし、職場改善に投資する必要があります。
定着率を高めるために不可欠な実務が、形骸化させない「定期面談」の実施です。3年後の特定技能1号への移行ロードマップや昇格・昇給の判定基準をあらかじめ本人の母国語等で可視化して提示しておくことで、ブローカー等による「都市部の高給求人」への不当な誘引を予防できます。
また、面談時における外国人材からの要望、生活や業務上の相談内容、それに対して会社側が講じた具体的な改善措置は、すべて日付入りで「相談記録」として書面に残す必要があります。
この相談記録は、外国人材の離職リスクを早期に摘み取る労務管理ツールとなるだけでなく、万が一、悪質な引き抜きや一方的な失踪・転籍をめぐるトラブルが発生した際に、受入企業が「受入計画および要領に則り、適切な相談支援義務を過失なく履行していたこと」を、外国人育成就労機構や出入国在留管理局に対して客観的に証明する**「自己防衛の強力なエビデンス(証拠)」**となります。
どれほど優れた職場環境や定着支援を施していても、本人の家庭の事情や急なキャリア方針の変更などにより、一定の確率で転籍(流出)は発生します。新制度の実務においては、「離職をゼロにすることは不可能」という前提に立ち、経営の安定を守る防衛策を敷くことが求められます。
特定の外国人材が突然転籍したことによって工場のラインや建設現場が完全にストップし、納期遅延や売上減少といった致命的な打撃を被らないよう、日頃から業務プロセスの標準化やマニュアルの整備を推進し、職務の属人化を排除する「業務継続計画(BCP)」を策定します。
同時に、許可を受けた信頼できる監理支援機関や公的マッチングインフラと平時から強固なネットワークを結び、欠員発生時に速やかに次期育成人材を確保できる「補充採用計画」のルートを常時稼働させておくことが、中長期的な人員計画を維持する鍵となります。
新制度下における転籍管理は、受入企業単独の閉じた労務手続きではなく、外部の専門的な伴走機関がそれぞれの専門領域から多角的に目利き・サポートをすることで、初めて健全な運用が可能となります。
次回は、第8回「人数枠・優良実施者制度」です。
育成就労制度では、受入人数は無制限ではなく、産業分野ごとの受入見込数や企業ごとの人数枠によって管理されます。また、優良実施者として認定されることで、受入れや制度運用においてさまざまなメリットが期待されます。 次回は、人数枠の考え方、優良実施者の認定要件、企業が今から準備すべきポイントを実務の視点から整理します。
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