第10回 コンプライアンスと禁止行為

禁止行為を「担当者個人の問題」にせず、組織として予防・発見・是正できる仕組みをつくる

第10回 コンプライアンスと禁止行為|育成就労制度実務ガイド

第9回では、送出機関の適正化、送出費用、保証金・違約金、MOCおよび国際採用ルートの透明性を解説しました。第10回では、育成就労の強制、違約金等、旅券・在留カードの保管、私生活の不当な制限、申告を理由とする不利益取扱いなど、育成就労外国人の保護に直結する禁止行為を整理します。

禁止行為は、現場責任者や寮管理担当者の独断から発生することがあります。受入企業は、就業規則・寮規則、研修、相談窓口、監査、記録保存および初動対応を一体として整備し、組織的に予防することが重要です。


今回解説する内容

育成就労の強制

暴行、脅迫、監禁その他の手段により、本人の意思に反して育成就労を強制する行為を防止します。

違約金・保証金等

違約金、損害賠償額の予定、保証金その他の財産管理を排除します。

旅券等の保管禁止

旅券・在留カードは、本人の同意の有無や保管理由にかかわらず、関係者が保管できません。

私生活の不当な制限

外出・通信・交際など、私生活の自由を不当に制限する運用を防止します。

申告制度と報復禁止

法令違反を行政機関へ申告する権利と、申告を理由とする不利益取扱いの禁止を周知します。

相談・内部通報体制

本人が理解できる言語で、直属上司を介さず相談できる経路を整備します。

初動・是正・記録

違反の疑いを把握した際の安全確保、事実確認、必要な報告、是正および記録保存を標準化します。

経営・金融リスク

行政処分、労務紛争、刑事事件、操業・採用計画および信用への影響を管理します。

STEP1 禁止行為を「人権・労務・制度運用」の三層で理解する

育成就労制度の禁止行為は、単なる社内ルール違反ではありません。育成就労法上の禁止規定に加え、行為の内容によっては労働関係法令や刑事法令上の問題となる可能性があります。

実務上の基本

本人の同意があれば常に適法となるわけではありません。他方で、安全管理や共同生活上の合理的なルールまで直ちに禁止されるものでもありません。目的、必要性、方法、期間および本人の自由意思への影響を具体的に確認する必要があります。

禁止行為の類型具体例主な予防策
禁止行為の類型就労の強制具体例暴行、脅迫、監禁その他自由を不当に拘束する手段による強制主な予防策現場研修、相談経路、管理職への明確な禁止通知、定期面談
禁止行為の類型違約金・財産管理具体例違約金、損害賠償額の予定、保証金、本人の財産の管理主な予防策契約書・誓約書・給与控除・預り金運用の事前確認
禁止行為の類型旅券等の保管具体例旅券または在留カードを会社・監理支援機関等が保管主な予防策原本は本人管理、必要な写しの利用目的・保管方法の明確化
禁止行為の類型私生活の制限具体例外出・通信・交際等の自由を不当に制限する運用主な予防策寮規則の点検、ルールの目的・必要性・範囲の限定
禁止行為の類型申告への報復具体例申告を理由とする育成就労の中止その他の不利益取扱い主な予防策申告制度と報復禁止の周知、秘密保持、独立した相談経路
STEP2 暴力・脅迫・監禁等による育成就労の強制を防ぐ

暴行、脅迫、監禁その他精神または身体の自由を不当に拘束する手段により、育成就労を強制することは禁止されています。明白な暴力だけでなく、旅券等を取り上げて退去を困難にするなど、本人が拒否・離脱できない状態をつくる行為にも注意が必要です。

【重要】業務上の指導と違法な強制を区別する

適法な業務命令や注意指導まで禁止されるものではありません。しかし、暴力、威嚇、監禁、退去妨害その他の不当な手段によって本人の意思決定を奪うことは許されません。

  • 本人が職場・宿舎から退去し、外部へ相談することを妨げていないか。
  • 相談・転籍の意思表示を理由に威圧的な対応をしていないか。
  • 現場責任者、班長、寮管理者、通訳担当者が独自の制裁を行っていないか。
STEP3 違約金・損害賠償予定・保証金・財産管理を排除する

育成就労に係る契約の不履行について違約金を定め、または損害賠償額を予定する契約は認められません。また、保証金の徴収その他育成就労外国人の財産を管理する行為も禁止されています。

見落としやすい契約・運用

  • 途中帰国、転籍、退職、試験不合格等を理由とする定額の違約金
  • 教育費、寮費、渡航費等の名目による一律・過大な返還義務
  • 給与からの強制積立てや、本人の預金通帳・キャッシュカード等の管理
  • 親族に保証金や担保提供を求める契約
※あらかじめ違約金や損害賠償額を定めることと、実際に発生した損害について個別具体的に法的責任が問題となることは区別して検討する必要があります。また、労働者の貯蓄金管理については労働基準法上の別途の規律がありますが、育成就労関係者による禁止行為との関係を慎重に確認してください。
STEP4 旅券・在留カードは本人の同意があっても保管しない

育成就労実施者、監理支援機関その他の育成就労関係者が、育成就労外国人の旅券または在留カードを保管することは禁止されています。この禁止は、本人の同意の有無や保管の理由に左右されません。

「紛失防止」「本人から頼まれた」でも継続保管は不可

会社の金庫、事務所、監理支援機関または寮管理者が原本を預かり続ける運用はできません。行政手続等で一時的に原本の提示・提出が必要な場合は、目的と期間を限定し、手続終了後に速やかに本人へ返却する運用を徹底します。

代替策
  • 本人が自ら使用・管理できる鍵付き保管設備を案内する。
  • 会社が必要とする情報は、利用目的を明確にした上で必要な範囲の写しを管理する。
  • 携帯義務、更新期限、紛失時の対応を本人が理解できる言語で案内する。
STEP5 寮規則・生活指導による私生活の不当な制限を防ぐ

育成就労関係者は、育成就労外国人の外出その他の私生活の自由を不当に制限してはなりません。安全・衛生・近隣配慮のための合理的な共同生活ルールと、本人の自由を過度に制約する規則を区別する必要があります。

場面問題となりやすい例適正化の視点
場面外出・門限問題となりやすい例休日を含む一律の外出禁止、必要性を説明できない厳格な門限適正化の視点目的、必要性、時間帯、対象および代替手段を検討する。
場面通信・私物問題となりやすい例携帯電話その他の私物を本人の意思に反して取り上げる適正化の視点私物は本人管理を原則とし、必要な支援は取上げ以外の方法で行う。
場面交際・妊娠問題となりやすい例交際・婚姻・妊娠等に関する包括的な禁止や誓約適正化の視点人格・私生活に過度に介入する規則を設けない。
場面居室の監視問題となりやすい例居室等の私的空間を撮影する監視設備適正化の視点防犯目的でも設置場所・撮影範囲・保存方法を必要最小限にする。
STEP6 法令違反の申告制度と不利益取扱いの禁止

育成就労実施者や監理支援機関等に育成就労法令違反の事実がある場合、育成就労外国人は、出入国在留管理庁長官および厚生労働大臣に申告できます。また、その申告をしたことを理由として、育成就労の中止その他の不利益な取扱いをすることは禁止されています。

周知すべき事項
  • 行政機関への申告制度があること
  • 相談・申告を理由とする不利益取扱いが禁止されていること
  • 社内相談窓口と行政機関への申告は別の制度であること
  • 相談内容の秘密保持と報復防止に配慮すること
※相談・申告後に人事措置を行う場合は、その理由、必要性、手続および時系列を慎重に確認する必要があります。個別の労務判断は、必要に応じて弁護士や社会保険労務士等へ相談してください。
STEP7 外国人が実際に利用できる相談・内部通報ルートを整える

相談窓口は設置するだけでなく、本人が理解できる言語で利用でき、相談したことが直属上司や行為者へ不用意に伝わらないよう設計することが重要です。

機能する相談体制の条件

  • 電話、メール、オンライン面談等、複数の相談手段がある。
  • 本人が理解できる言語で案内・相談対応ができる。
  • 直属上司、現場責任者、寮管理者を介さず相談できる。
  • 相談担当者の役割、秘密保持の範囲、記録管理が明確である。
  • 緊急時の安全確保、医療、警察、行政機関等への連携手順がある。
相談窓口の目的は「外部申告を防ぐこと」ではありません

相談窓口は、本人の権利を守り、問題を早期発見・是正するための仕組みです。外部への相談や行政機関への申告を思いとどまらせるために利用してはなりません。

STEP8 違反の疑いを把握したときの初動対応

違反の疑いがある場合は、本人の安全を最優先にし、証拠を保全した上で、事実関係と法的評価を区別して確認します。必要な届出・報告の有無は、具体的な事案と最新の法令・運用要領に基づいて判断します。

①安全確保被害継続のおそれがあれば、行為者から分離し、住居・医療・連絡手段を確保する。
②証拠保全契約書、勤務記録、映像、メッセージ、相談記録等を改変せず保存する。
③専門家・関係機関への相談監理支援機関、経営責任者および事案に応じた専門職・行政機関へ連携する。
④是正措置と再発防止策の実施違反状態の解消、被害回復、規程改定、研修および監査強化を行う。
調査の名目で本人へ圧力をかけない

申告撤回の要求、帰国の強要、証拠の削除、相談者への報復等は、新たな違反や人権侵害につながります。聞き取りは秘密保持と報復防止に配慮して行います。

STEP9 受入企業・金融機関・行政書士・監理支援機関の確認視点

受入企業:現場を含めた内部統制

  • 経営者、人事担当者だけでなく、現場責任者、班長、寮管理者、通訳担当者へ禁止行為を周知しているか。
  • 雇用契約、誓約書、給与控除、寮規則等に不適切な条項がないか。
  • 本人が行為者や直属上司を介さず相談できる経路があるか。
  • 違反の疑いを把握した場合の責任者、初動手順、専門家への連携先が文書化されているか。

金融機関:継続取引・事業性評価

  • 人権侵害や重大な法令違反が、認定・許可、操業、採用計画および取引継続に与える影響を把握しているか。
  • 相談件数、離職・転籍、労務紛争、行政指導等の兆候を確認しているか。
  • 違反発生時の是正費用、代替人員、資金繰りおよび信用リスクを検討しているか。

行政書士・監理支援機関:予防・確認・適切な連携

  • 育成就労計画、雇用契約、誓約書、寮規則、相談窓口等を確認し、禁止行為につながる条項や運用がないかを点検したか。
  • 監査・面談・記録確認を通じ、本人の自由意思や人権が実質的に確保されているかを確認したか。
  • 違反の疑いがある場合は、行政書士・監理支援機関それぞれの権限と業務範囲を踏まえ、必要に応じて弁護士、社会保険労務士、警察、労働基準監督機関、入管当局等への連携を検討したか。
  • 是正内容、報告、再研修および再発防止策を文書化したか。
STEP10 実務担当者チェックリスト

禁止行為の予防

  • 暴力・脅迫・監禁等による育成就労の強制を明確に禁止している。
  • 違約金、損害賠償額の予定、保証金その他の財産管理がない。
  • 旅券・在留カードを本人以外が継続して保管していない。
  • 寮規則・生活指導が私生活を不当に制限していない。

相談・申告体制

  • 本人が理解できる言語の相談窓口を案内した。
  • 直属上司や行為者を介さず相談できる経路がある。
  • 行政機関への申告制度と不利益取扱いの禁止を周知した。
  • 相談内容の秘密保持と記録管理のルールがある。

研修・監査・初動

  • 現場責任者、寮管理者、通訳担当者を含めた定期研修を実施した。
  • 監査、本人面談、給与・寮規則等の確認記録を保存している。
  • 違反の疑いがある場合の安全確保、証拠保全、相談・報告手順がある。
  • 是正措置と再発防止策を経営者が確認する体制がある。

次回は、第11回「帳簿管理と届出実務(帳簿・届出・検査対応)」です。

次回は、育成就労実施者および監理支援機関が備え付ける帳簿、変更・終了等に関する届出、監査や実地検査に備えた証拠書類の保存方法について整理します。

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